沿革
昭和5年1月、創業者・池田穣が札幌市北13条西4丁目にて従業員5名で事業を開始。斎藤省三商店札幌支店で管工事技術職として経験を積んだ後、北海道における暖房・給排水衛生工事の将来性を見据えて独立した。「煖房」を社名に冠した先見性は、寒冷地北海道への強い使命感の表れでもあった。

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1930年代前半北海道大学の暖房補修工事を施工
創業間もない時期から北海道大学や今井百貨店など、代表的な施工実績を積み重ねる。蒸気暖房や衛生設備がまだ珍しかった時代に、先進的な設備工事へ携わることで着実に信用を高めていった。

北海道大学付属病院の現場にて
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1930年代後半〜1940年代前半樺太にまで活動を拡大
大型案件は本州大手が担う時代にあって、「地元企業として元請を担える力をつける」ことを目標に技術力と経営基盤の強化に取り組む。道内各地のほか、僻地・離島、さらには樺太にまで事業領域を広げた。
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1938〜1944年業界団体の設立と統制組合 初代理事長就任
困難な時代ほど業界の連携が必要との信念のもと、札幌暖衛工業会の設立を推進。昭和19年には北海道管工事統制組合が設立され、池田穣が初代理事長に就任。自社の経営にとどまらず、業界全体を支える役割を担い始める。
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1943年頃戦時体制下で休業状態に
戦争の激化に伴い資材調達が困難を極め、人手不足も重なり事業継続が困難な状況となる。
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1945年後半終戦を機に事業を再開
終戦後、進駐軍(米軍)真駒内隊舎のトイレ改修工事などを皮切りに事業を再始動。都市復興と新築建物の設備施工需要の高まりとともに、会社も復興の波に乗り再び成長を始める。
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1947年池田穣、札幌市議会議員に当選
会社経営と並行して地域社会と設備業界の発展に尽力。戦後復興の中で政治的な発言力も持ち始める。
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1949年建設業者登録(北海道知事)
事業基盤の法的整備を進め、戦後の建設需要拡大へ本格的に対応していく。
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1954年頃北海道管工事工業協会の設立に尽力
北海道管工事組合の改組を進め、業界団体の再編を主導。創業以来一貫して、北海道の設備業界全体の成長を支える存在であり続けた。
昭和30年8月、個人事業から法人へ移行。資本金1,000万円で新たなスタートを切った。
同年12月の第1期決算では役員8名・社員25名・完成工事高1億円超という順調な立ち上がりを記録。
穣友会(協力会社組織)も同年発足した。

札幌医大に納入したストレージタンク
- 8
役員数
- 25
社員数
- 1,000万円
資本金
- 1億円超
完成工事高
第1期決算(昭和30年12月)時点
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1959年池田穣、北海道議会議員に当選
穣友会や業界・地域の支援を受けて当選し、業界の安定と地域発展への貢献を継続。

左から町村金五北海道知事・池田譲候補・関野明子
武田忠幸札幌市議 -
1960年東京支店を開設 — 全国展開への第一歩
念願であった東京進出を果たし、事業の広域展開が本格的に始まる。以後、道内外への拠点拡充が加速していく。
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1962年帯広出張所を開設
道東方面への対応力を強化した。
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1964年本社ビルを新築、釧路出張所を開設
社員数の増加と事業拡大に伴い鉄筋コンクリート4階建ての本社ビルを新築。同年は創業35周年の節目でもあり、釧路への出張所開設で道内体制を大きく強化した。

新築当時の本社ビル 昭和39年5月
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1965年池田穣、黄綬褒章を受章
業界および地域社会への継続的な貢献が改めて認められる。
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1967年函館出張所を開設
道南地域での拠点整備を進めた。
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1972年札幌冬季オリンピック関連工事で大きく飛躍
真駒内競技場をはじめとする競技施設、オリンピック選手宿舎、地下鉄建設関連施設などの工事を受注。資本金を5,000万円へ増資し、旭川出張所も開設。都市基盤整備の進展とともに事業規模を大きく拡大した。

初代の誕生日 お孫さんに囲まれて
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1972年12月27日創業者・池田穣 逝去
社業・業界活動・議員活動に尽くした生涯を閉じる。翌年、生前の功績により正六位勲五等・双光旭日章を拝受。

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1973年池田輝雄が代表取締役社長に就任
先代の志を継ぎ、社員互助会の発足・社内報「DIKニュース」の創刊など、福利厚生・教育・社内体制の整備を推進。組織としての厚みを増した時期。
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1973〜74年オイルショックを乗り越える
第一次オイルショックによる資材不足・価格高騰・公共工事の減少という厳しい環境に直面。昭和49年6月時点で役員11名・従業員125名・完成工事高29億円規模に成長していた。

第1回池田煖房互助会 於 ホテル朝陽
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1977年美幌出張所を開設
北海道全域での営業展開を行った。
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1978年資本金を9,800万円へ増資
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1980年代前半東北・横浜営業所の開設、東京支店を本店昇格
関東・東北圏での事業体制を強化。本州での存在感を高めていく。
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1987年建築・不動産分野へ事業を拡大
建築工事業の許可取得・宅地建物取引業者免許の取得も進め、事業領域をさらに拡大。
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1989年池田輝雄、黄綬褒章を受章。千葉・埼玉営業所を開設
関東圏での拠点をさらに拡充。後に大宮営業所へと改称し、首都圏での営業体制を整えた。
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1992年完成工事高 183億円を達成
道内民間設備投資の活発化を背景に大型工事を次々と施工。昭和62年(60億円)から実に約3倍の成長を遂げ、その後も各期170億円台を維持した。
いわゆるバブル期で日本経済と共に急成長を遂げた。
- 60億円
1987年 完成工事高
- 183億円
1992年 完成工事高
- ×3倍
5年間の成長
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1994年水道施設工事業の許可取得
設備工事分野での対応力を一層高め、幅広い受注体制を整備。
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1997年釧路営業所を道東支店に改称・支店登記
バブル崩壊後の厳しい経済環境の中でも、地域拠点の再編と体制強化を着実に進めた。
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1998年池田薫が代表取締役社長に就任。三代目へ
池田輝雄は代表取締役会長に就任し、変革期への対応を見据えた世代交代が実現。新たな時代への経営体制へと移行した。
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1999年ISO9001認証取得
札幌支社・本社関連部門を皮切りにISO9001を取得。その後、道北支店・美幌営業所・函館支店・道東支店・帯広営業所へと認証範囲を順次拡大し、工事品質の均一化と技術評価の向上を実現した。
広報紙特別号の発刊を通じ、創業からの70年の歩みと、長年にわたって支えてきた関係者・役職員への感謝をあらためて社内外に発信。
北海道の設備業界とともに歩んだ歴史の、新たな章へ。

平成7年度 池田煖房互助会旅行記念 於 トラピスチヌ修道院
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2001年2月苫小牧営業所を開設
道内拠点網を引き続き拡充。
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2007年12月北広島営業所を開設
札幌圏周辺エリアへの対応力を強化。
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2010年1月創立80周年を迎える
創業から80年、北海道の設備業界とともに歩んだ節目の年。
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2011年12月ISO14001認証取得
環境マネジメントシステムの国際規格を取得。ISO9001に続き、品質・環境の両輪で認証体制を確立した。
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2014年2月コージェネ大賞 優秀賞(民生用部門)受賞
一般財団法人コージェネレーション・エネルギー高度利用センターより、平成25年度コージェネ大賞優秀賞(民生用部門)を受賞。
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2014年5月滝川営業所を開設
道央圏の拠点を拡充。
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2014年5月空気調和・衛生工学会 技術振興賞 受賞
公益社団法人空気調和・衛生工学会より、空気調和・衛生工学会振興賞技術振興賞を受賞。
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2015年2月七飯営業所を開設
函館近郊エリアへの対応力を向上。
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2015年5月カーボンニュートラル賞 北海道支部奨励賞 受賞
一般社団法人建築設備技術者協会よりカーボンニュートラル賞北海道支部奨励賞を受賞。脱炭素への先進的取組が評価された。
創業90周年を迎えた池田煖房工業は、長年培ってきた設備技術を礎に、脱炭素社会に向けた新たな価値づくりへと歩みを進めました。
ZEBプランナー登録や新本社ビルでのZEB認証取得など、省エネルギー分野への取り組みを本格化。
90年の歴史を受け継ぎながら、次の100年を見据えた挑戦が始まっています。

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2021年1月ZEBプランナーに登録
登録種別:設備/省エネコンサルティング(ZEB2020P-00048-C)。ネット・ゼロ・エネルギー・ビルの推進機関として公式登録され、脱炭素社会に向けた提案力を強化。

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2021年11月代表取締役社長・池田薫、札幌市より産業経済功労者として表彰
地域産業の発展への長年にわたる貢献が公式に認められた。
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2022年10月本社ビルを新築。ZEB認証・BELS 5つ星評価を取得
新本社ビルでZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)認証およびBELS(建築物省エネルギー性能表示制度)5つ星評価を同時取得。自社ビルで最高水準の省エネ性能を実証した。

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2022年11月本社ビルを移転
札幌市北区北12条西3丁目2番20号へ移転。新たな拠点から次の100年に向けた経営を本格始動。
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2022年12月北海道赤レンガ建築奨励賞 受賞
新本社ビルが北海道の優れた建築として認定された。
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2024年1月北海道赤レンガ建築賞 受賞
奨励賞に続き最上位の北海道赤レンガ建築賞を受賞。本社ビルが北海道を代表する建築として高く評価された。

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2024年7月第21回ヒートポンプ・蓄熱シンポジウム 優秀賞 受賞
省エネ・再エネ分野における先進的な技術・取組が高く評価された。
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2025年10月北海道省エネルギー・新エネルギー促進大賞 省エネルギー部門 大賞 受賞
北海道における省エネルギー推進の最高賞を受賞。創業95年を超えてなお、業界の先頭に立ち続ける技術力と使命感を示した。
